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2011/08/01

コメント

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松本淳

本筋とは全く関係ないことですが、

> 大学に執筆指導をする講座があるかどうか聞かれた。

日本の大学に「文章講座」は基本的にありませんよね。外国(少なくとも英語圏)では、ふつうにあります。で、これが非常に問題だと、私は昔っから主張してきてるんですね。

というのは、編集なんかやってるとわかりますけど、およそ日本人の学者の書く日本語の文章は(全てとはいいませんが)無茶苦茶です。特に文系の人がひどい。論理的に意味が通じない文章はザラです。「なんとなくわかる」というのが日本語の特徴であって、そういう意味では論理なんてどうでもいいのかもしれませんが、たとえばこういうのを英語に翻訳しようとしたら破滅的なことになります。

これは、言語構造の違いとか思考論理の違いとかいう背景もあるとは思いますけれど、単純に、文章の書き方を学ぶ機会がないからなんだと思います。理系のほうがまだマシなのは、「論文の書き方」みたいなことに関しては、きちんとした授業ではないにせよどこかで指導されるからかもしれません。それでも、こういう「論文の書き方」は、もっと根本的な文章表現のところまで踏み込んだ考察はないものです。だから、理系のほうがマシとはいえ、やっぱり学者の文章は読めない。

言語構造や思考論理のちがいではない証拠は、ごく一部、非常に美しく読みやすい日本語を書かれる学者の方々も存在することです。日本語では不可能とか、日本語になじまないのではなく、日本語で美しくわかりやすい文章を書こうとする努力をだれもしていないのですね。そして、それは、それが教育課程に組み込まれていないことが大きいと思うのですよ。

近年、国語教育の重要性が強調されていますが、あれは方向性が全くちがいます。創造性を重視するその方向性は、初等教育では十分に重要だと思います。けれど、それで論理的な文章が書けるわけではありません。困惑する編集者や翻訳者を救うためにも、ぜひ高等教育に「文章講座」の導入をと、そう願わずにおれません。

本筋と関係ないのに、思わず反応してしまいました。なにせこれは長年の宿願ですので…

今駒哲子

松本淳さん、


コメントありがとうございます。
高等教育で、たしかに!欲しいですね、文章講座。

その前に、こどもたちに生きるちからをつけて、何を発信したいのか、どう行動したいのかを認識させて、書こうとする意欲を高める教育が初等教育からすでに必要だとおもいます。

そのためには、教育委員会解体、文科省解体、権限を都道府県や各スクールに委譲させて、学年制度や教育内容すべて解放すべきだと思います。

日本では、1年留年すると居場所がなくなりそのままドロップアウト。体力のないこども、早生まれのこども、知能的にすこしだけどきびしいこどもは、最初からおいてけぼりになり、授業が退屈でたまらない優秀な生徒には飛び級制度を設けてたのしい授業を受けさせたいものです。

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